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プロフィール
おニャン子クラブ
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(4)新田恵利(6)樹原亜紀(8)国生さゆり(9)名越美香(11)福永恵規
(13)内海和子(14)富川春美(15)立見里歌(16)高井麻巳子(17)城之内早苗
(18)永田ルリ子(19)岩井由紀子(ゆうゆ)(22)白石麻子(25)吉沢秋絵(28)横田睦美
(29)渡辺美奈代(32)山本スーザン久美子(33)布川智子(34)弓岡真美(35)岡本貴子
(36)渡辺満里奈(38)工藤静香(40)生稲晃子
性別:女性
  
テンプレート:Infobox Musician

おニャン子クラブ(おニャンこクラブ)は、1985年フジテレビテレビ番組夕やけニャンニャン』から誕生した、女性アイドルグループである。

概要 編集

デビューした1985年4月から解散までの1987年9月の2年半、男子中高生を相手に人気を博した。

結成当初は、『夕やけニャンニャン』番組内にて、司会を務めるお笑い芸人達の番組進行をアシストする立場であった。どこにでもいそうな素人レベルの女子高校生を中心に多数集めたグループは、それまでのアイドルとは異なる魅力で、当時の中高生男子の間に爆発的な人気をもたらした。この手法は、当時女子大生を中心に活動していたオールナイターズを低年齢化させたもので、その人気は、当時のアイドルブームの中核ともなった。[1]

またメンバーを続々とソロデビューさせたり、毎週開催される番組内のオーディションなどにより、継続的にメンバーを追加したりするなど、独自の展開がアイドルの新たな売り方を示した。ソロメンバーだけでなく、うしろゆびさされ組ニャンギラスうしろ髪ひかれ隊などのグループ内ユニットも輩出し、一時は毎週のようにオリコンチャートを独占した(1986年のシングル1位獲得46曲中、おニャン子クラブ関係が30曲。52週中の36週。1986年のオリコン週間シングルチャートを参照)。

このアイドル選出法やクラブ活動感覚の活動手法、さらには「バラ売り」の展開方法などが、後に同じく秋元康がプロデュースを務めるAKB48のベースとなっている。

メンバー選出は必ずしも歌の上手い者やダンスの上手い者、美少女にはこだわらず、芸能人ではなくあくまで普通の女の子というコンセプトで、番組よりも学業を優先させるなど、その素人らしさと親近感が、放課後の女子校感覚や部活動感覚、バイト感覚、クラブ活動感覚をイメージさせ受けたとも言われる。

おニャン子クラブのメンバーは、基本的に芸能事務所に属さない一般素人を、毎週行われる番組内の簡単なオーディションで選出していた。オーディション合格後も、一部芸能事務所に所属していたメンバーを除いて、大部分のメンバーは、フジテレビ局預かりの芸能事務所無所属の正真正銘の素人集団であった。その為、大部分のメンバーが番組終了と同時に解散したおニャン子クラブと共に、一般の社会に戻り、芸能活動が続行出来たのは、その時点で芸能事務所に所属していた者に限られた。老舗の渡辺プロダクションや新興のボンド企画プロダクション尾木バーニングプロダクションはタレントを送り込んだが、スター誕生!の項目で触れている通り、既に素人オーデション番組に見切りをつけていたホリプロや、サンミュージックなどは、タレントを送り込まず、対応が分かれる結果となった。

1987年6月15日放送の『夕やけニャンニャン』で解散を発表し(番組は同年8月31日で終了)、9月20日の代々木第一体育館におけるコンサートにて解散。

その後もテレビ番組の企画などで一時的な再会はあったものの、2002年、初期メンバーのうち賛同者のみの14名によって一時的に再結成し、シングル「ショーミキゲン」をリリースした。リリース後にはイベント・テレビ出演なども果たし、中でも2002年12月5日放送の『2002FNS歌謡祭』では、後期メンバーを含めて「ショーミキゲン」「セーラー服を脱がさないで」を歌唱した。また2010年にはテレビCM上で11名のメンバーが再結成し、セーラー服を脱がさないでのサビを俳優・伊藤淳史とともに歌い踊り、アラフォーになったおニャン子クラブの姿を披露した。 おニャン子クラブメンバーのうち、NHK紅白歌合戦に出場経験があるのは現在工藤静香のみである(「夕やけニャンニャン」が既に放送終了している1988年が初)。

音楽 編集

シングル 編集

  1. セーラー服を脱がさないで / 早すぎる世代(1985年7月5日)
  2. およしになってねTEACHER / テディベアの頃 -少女の香り-(1985年10月21日)
  3. じゃあね / アレレレ(1986年2月21日)
  4. おっとCHIKAN! / 思い出美人(1986年4月21日)
  5. お先に失礼 / プリントの夏(1986年7月21日)
  6. 恋はくえすちょん / あんみつ大作戦(1986年11月1日)
  7. NO MORE 恋愛ごっこ / あなただけおやすみなさい(1987年1月21日)
  8. かたつむりサンバ / めしべとおしべ(1987年5月21日)
  9. ウェディングドレス / 私をよろしく(1987年8月21日)
  10. ショーミキゲン / 同級生(2002年11月20日)
    • 再結成記念シングル

アルバム 編集

オリジナル・アルバム 編集

  1. KICK OFF(1985年9月21日)
  2. 夢カタログ(1986年3月10日)
  3. PANIC THE WORLD(1986年7月10日)
    • 1枚目はオリジナル盤、2枚目は1986年4月までのソロ・ユニット楽曲を含むベスト盤
  4. SIDE LINE(1987年2月21日)
  5. Circle(1987年8月5日)
    • 1枚目は卒業生を含むソロとユニットのオリジナル、2枚目は現役メンバーによるオリジナル

ベスト・アルバム 編集

  1. スーパーベスト(1986年10月21日)
    • CD(16曲収録)とCT(20曲収録)のみのベスト盤
  2. NON-STOP おニャン子(1986年12月21日)
    • CTのみの企画盤
    • 曲間におしゃべりも収録
    • 未発表曲「早口言葉でサヨナラを」収録
    • 後にCDで再発売(1993年11月19日)
  3. 家宝(1987年3月5日)
    • CDのみのベスト盤、ソロ楽曲も多数収録
  4. おニャン子クラブ ベスト(1987年12月5日)
  5. フォーエバー・アイドル・ベスト・シリーズ おニャン子クラブ(1989年8月21日)
  6. ベストセレクション(1996年)
    • 2枚組、通販限定商品
    • ソロ楽曲も収録
  7. ULTRA NYANKO OMOTE SPECIAL(1997年3月21日)
  8. ULTRA NYANKO URA SPECIAL(1997年3月21日)
    • 解散10周年記念ベスト盤
  9. おニャン子クラブA面コレクション
    • Vol.145(1999年3月17日)
    • Vol.23(1999年5月21日)
  10. おニャン子クラブB面コレクション
    • Vol.15(1999年4月21日)
    • Vol.234(1999年6月19日)
  11. EURO おニャン子(2000年9月20日)
  12. MYこれ!クション おニャン子クラブBEST(2001年12月5日)
    • デジタルリマスター盤
  13. おニャン子クラブ ミニ・ベスト(2002年12月18日)
  14. おニャン子クラブ ソロ&ユニット ミニ・ベスト(2002年12月18日)
  15. おニャン子クラブ大全集(2005年7月6日)
    • 上・下2枚同時発売
    • 全楽曲とライブ盤、シングルカセットのおしゃべりを復刻収録
    • 発売元が異なる『おニャン子Sailing夢工場'87LIVE』のCD盤、CT盤音源は未収録
  16. 30-35 VOL.3 「おニャン子クラブ」特集
    • 未発表曲「真夏のアルバイト」(茂木淳一&新田恵利)収録
  17. デビューアルバムに針を落として… おニャン子クラブ編(2006年9月20日)
    • 本体、ソロ、グループのデビューアルバムの1曲目を集めたオムニバス。
  18. 「おニャン子クラブ」SINGLESコンプリート (2007年7月18日)
    • シングルA面B面のコンプリート盤、会員番号の唄(『おニャン子Sailing夢工場'87LIVE』音源も含む)もコンプリート
    • 2枚組
  19. Myこれ!チョイス 14 夢カタログ+シングルコレクション(2008年7月16日)
  20. おニャン子クラブ大全集 for HiQualityCD 上・下巻 限定CD-BOX(2008年9月17日)

ライブ・アルバム 編集

  1. おニャン子Sailing夢工場'87LIVE(1987年6月3日)
    • LP、CD、CTで収録曲が異なるライブ盤
    • CDには、岩井由紀子と渡辺美奈代、CTには渡辺満里奈と生稲晃子のおしゃべりも収録

映像作品 編集

  1. 課外授業(1985年11月16日)
    • ファーストコンサート『KICK OFF』のビデオ作品。
  2. 臨海学校(1986年2月21日)
    • 1985年12月末〜1986年1月上旬にかけて撮影されたハワイ観光ビデオ。
  3. 全国縦断コンサート あぶな〜い課外授業(1986年5月21日)
    • 初のコンサートツアーのリハーサル、バックステージ、ドキュメンタリー映像が中心。
  4. 海外出張(1986年9月21日)
    • 1986年8月上旬に撮影されたアメリカ観光ビデオ。
  5. おニャン子 ザ・ムービー 危機イッパツ!(1986年11月15日)
    • 初主演映画のビデオ化、後にDVD版も発売。
  6. 卒業記念SPRINGコンサート Sailing 夢工場(1987年5月15日)
    • 卒業コンサートのビデオ作品、他にライブ盤LP、CD、CTも発売(全て収録曲が異なる)。
  7. おニャン子クラブ解散記念 全国縦断ファイナルコンサート(1987年10月31日)
    • 解散コンサートを完全収録。
  8. 孫の代までおニャン子クラブ(1988年1月21日)
    • 『夕やけニャンニャン』とおニャン子クラブの歴史を紹介。
  9. おニャン子クラブ「最終盤」(2002年4月17日)
    • 『おニャン子ザ・ムービー〜』と『孫の代まで〜』を除く全映像作品を収納したDVD-BOX。
    • 「孫の代まで〜」を再編集した特典ディスク付き。
  10. 未公開映像 ザ・バックステージ(2002年12月4日)
    • 1986年春の『全国縦断コンサート あぶな〜い課外授業』のリハーサル、バックステージ、コンサート映像に再結成時の特典映像を加えたDVD-BOX。映像拒否メンバーを一部カットしている(会員番号の歌などソロで映っている場面)。なお、DISC-3のコンサート映像は1986年発売のVHS『あぶな〜い課外授業』の公演とは同日(1986年4月1日)別公演のものである。
  11. おニャン子PANIC卒業記念コンサート(2003年10月16日)
    • 1986年夏の『おニャン子PANICツアー卒業公演』を初映像化。ただし、テレビ放送映像を再編集したもの(映像拒否メンバーはカット)。
    • 特典映像として、『夕やけニャンニャン』より第2回卒業式を再編集して収録。
  12. 夕やけニャンニャン おニャン子白書
    • 1985年4〜6月(2004年6月16日)
    • 1985年7〜8月(2004年10月20日)
    • 1985年9〜11月(2005年4月27日)
    • 棚卸し総決算'85/12月(2005年12月7日)
      • 『夕やけニャンニャン』よりおニャン子メンバーをクローズアップしたヒストリー映像集。
  13. おニャン子クラブ in 月曜ドラマランド
    月曜ドラマランド枠では他に、『ママをたずねて三千里』、『透明少女』&『みゆき』(主演:河合その子)、『あしながおじさん』&『ないしょのハーフムーン』(主演:高井麻巳子)、『探偵桃がたり』(主演:渡辺美奈代)、『有閑倶楽部』(主演:国生さゆり)、『ホワッツマイケル?』(主演:吉沢秋絵)、『ねらわれた学園』(主演:新田恵利)、『看護婦アカデミー』&『おさな妻!ママはあぶない17才!!』(主演:渡辺満里奈)、などにもドラマ出演している。

映画 編集

※活動期間中のみの出演作品

メンバー一覧とその後の近況 編集

詳細は各人の項を参照のこと。太字の12人は現在も芸能界で活躍している。

会員番号名前よみ加入時期卒業時期所属事務所備考
1奥田美香おくだ みか1985年4月1日1985年4月25日(A) その後、雑誌でヌードに。
2榎田道子えのきだ みちこ 後にテレビ東京『ASAYAN』のオーディションに登場。
3吉野佳代子よしの かよこ
4新田恵利にった えり1986年9月26日(2)ボンド企画1997年フジテレビ社員と結婚。一時期芸能活動を休止していたが現在は復帰。
5中島美春なかじま みはる1986年3月31日(1) 歯科衛生士を目指す為、卒業と同時に芸能界を引退したが、おニャン子クラブの復活イベントなどには頻繁に顔を出し、その縁で1997年にとんねるずマネージャーであるボブ市川と結婚。
6樹原亜紀きはら あき1987年3月30日(5) ニャンギラスのメンバー。フリーライターとして活動し、オランダ人男性と結婚し、オランダに在住。2児の母。
7友田麻美子ともだ まみこ1985年4月25日(A)
8国生さゆりこくしょう さゆり1987年3月30日(5)エイプリル・ミュージック国生さゆり with おニャン子クラブとしても活動。現在も芸能活動中。結婚→離婚→(元夫と)同棲→同棲解消。2009年12月24日、甲田英司と婚約
9名越美香なごや みか1986年9月26日(2) ニャンギラスのメンバー。香港人パイロットと結婚し、香港に在住。1児の母。
10佐藤真由美さとう まゆみ1985年4月25日(A)
11福永恵規ふくなが さとみ1986年9月26日(2)ボンド企画全部で4枚のソロシングルを出した。1988年に芸能界を引退し、1994年に結婚。2児の母。
12河合その子かわい そのこ1985年4月5日1986年3月31日(1)渡辺プロダクション1994年に作曲家の後藤次利と結婚し、芸能界を引退したが、2010年石川秀美(現・薬丸秀美)伊藤つかさ荻野目洋子とともに、資生堂アンチエイジング商品「IN&ON」のCMに出演。1児の母。
13内海和子うつみ かずこ1987年3月30日(5)ホリプロ1972年子役でデビュー。解散後、ヌード写真集を発表。1993年に結婚し、芸能界を引退。1児の母。
14富川春美とみかわ はるみ解散時メンバー 解散時メンバー中会員番号が最少(=在籍期間最長)で、「ザ・スカウトアイドルを探せ」オーディション出演を含めると初回から出演していた。一時シャンプーのCMに出るなど、タレント活動をしていたがその後引退。1児の母。
15立見里歌たつみ りか1985年4月19日1987年3月30日(5) ニャンギラスのメンバー。引退後ポニーキャニオン入社→退社。1991年に結婚→離婚。現在はタレントの傍ら雑誌編集者として活動中。1児の母。
16高井麻巳子たかい まみこ1985年4月26日田辺エージェンシーうしろゆびさされ組のメンバー。1988年に作詞家の秋元康と結婚し芸能界を電撃引退。1児の母。
17城之内早苗じょうのうち さなえ1985年5月10日解散時メンバープロダクション尾木現在は演歌歌手として活動中。2004年にフジテレビ社員と結婚。
18永田ルリ子ながた るりこ1985年5月17日 DVDの映像否定問題。
19岩井由紀子いわい ゆきこ1985年6月21日渡辺プロダクションうしろゆびさされ組のメンバー。一時期愛称の「ゆうゆ」で活動。1997年に青年実業家の相手と結婚し、芸能界を引退。2児の母。
20寺本容子てらもと ようこ1985年7月19日1985年9月(B)
21五味岡たまきごみおか たまき1985年7月26日1985年9月20日(D) 1988年、「チープにならないで」でソロデビューの予定が突如中止に。
22白石麻子しらいし まこ解散時メンバー ニャンギラスのメンバー。国生さゆり with おニャン子クラブボーカルの一人。卒業後はジャガー・ジャパンに勤務。4児の母。
23林香織はやし かおり1985年8月2日1986年3月27日 大阪駐在員。最終回には出演。
24三田文代みた ふみよ1985年8月16日 広島駐在員。最終回には出演。元モモコクラブ(桃組出席番号611番)。ニューヨークにて演劇の勉強中。
25吉沢秋絵よしざわ あきえ1985年8月30日1986年9月26日(2)田辺エージェンシー合格後、すぐにソロデビュー。「スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説」で役者デビュー。1991年に芸能界を引退し、1996年に結婚。現在は海外在住。1児の母。
26赤坂芳恵あかさか よしえ1985年9月27日1985年10月4日(C) 元モモコクラブ(桃組出席番号2142番)。諸事情から在籍期間一週間。
27松本亜紀まつもと あき1985年10月25日1985年10月25日(C) 元モモコクラブ(桃組出席番号1861番)。合格したのみで活動はなし。2児の母。
28横田睦美よこた むつみ1985年11月29日(Y)解散時メンバー 現在はヨーガを教えている。
29渡辺美奈代わたなべ みなよバーニングプロダクション国生さゆり with おニャン子クラブのボーカルの一人。現在はママタレントとして芸能活動中。2児の母。
30三上千晶みかみ ちあき1986年3月(D) トライアングル・ブルーのオーディションも合格。二度目で合格を果たす。
31矢島裕子やじま ゆうこ1986年2月(D)
32山本スーザン久美子やまもと すーざん くみこ1985年12月13日1986年9月26日(2) おニャン子唯一のハーフ。
33布川智子ふかわ ともこ1986年1月17日解散時メンバー シブがき隊布川敏和の妹。解散とともに引退したが、その後大阪府の男性と結婚し、大阪府に在住。3児の母。
34弓岡真美ゆみおか まみ1986年1月10日1986年12月25日(3) 中学を卒業して1986年3月14日から活動。1児の母。
35岡本貴子おかもと たかこ 弓岡同様3月14日から活動。
36渡辺満里奈わたなべ まりな1986年3月27日解散時メンバーエイプリル・ミュージック現在も芸能活動中。2005年、お笑いトリオ・ネプチューン名倉潤と結婚。2児の母。
37大貫かおりおおぬき かおり1986年5月9日不明(C) 元モモコクラブ(桃組出席番号1809番)。諸事情から合格後番組に1日だけ出演。タレント・モデルとして活動中。
38工藤静香くどう しずか1986年5月23日解散時メンバープロダクション尾木うしろ髪ひかれ隊のメンバー。元セブンティーンクラブであり、元モモコクラブ(桃組出席番号480番)。現在も歌手として活動中。2000年SMAP木村拓哉と結婚。2児の母。
39高畠真紀たかばたけ まき1986年5月30日1986年12月25日(3) 新・会員番号の唄に参加。東海大学卒業。
40生稲晃子いくいな あきこ1986年6月13日解散時メンバープロダクション尾木うしろ髪ひかれ隊のメンバー。解散後にソロデビュー。その後も芸能活動を継続、CBC昼ドラマドラマ30キッズ・ウォー』シリーズに長らく出演していたこともある。結婚・出産期に活動を一時休止していたが再開。1児の母。
41貝瀬典子かいせ のりこ1986年8月10日(M) ミス・セブンティーングランプリ。当初うしろ髪ひかれ隊に入る予定だった。
42斉藤満喜子さいとう まきこプロダクション尾木うしろ髪ひかれ隊のメンバー。ミス・セブンティーン準グランプリ。解散後にソロデビュー。1998年めいらくグループの御曹司と結婚し、芸能界を引退。2児の母。
43守屋寿恵もりや としえ1987年3月20日(4) ミス・セブンティーン準グランプリ。ソロデビューの予定もあった。2児の母。
44高田尚子たかだ なおこ ミス・セブンティーン特別賞。3児の母。
45吉田裕美子よしだ ゆみこ1986年9月19日 単独でCM出演し、ソロデビューの予定もあった。
46中島早苗なかじま さなえ1986年9月25日 元モモコクラブ(桃組出席番号1319番)。子役出身で『宇宙刑事ギャバン』などの作品にも出演。
47山森由里子やまもり ゆりこ1986年10月24日解散時メンバー 二度目で合格を果たす。
48我妻佳代あがつま かよ1987年1月23日 元モモコクラブ(桃組出席番号368番)。解散後にソロデビュー。現在も芸能活動中。芹沢直美の妹。結婚→離婚。1児の母。
B組1番
→49
吉見美津子よしみ みつこ1986年8月10日(M)
1987年4月(昇格)
ミス・セブンティーン特別賞。元モモコクラブ(桃組出席番号1956番)。解散後ヌードを披露。
B組2番
→50
杉浦美雪すぎうら みゆき ミス・セブンティーン特別賞。解散後はタレント・レースクイーンとして活動、杉美雪と名乗っていたこともある。現在はモデルで、芸名は杉浦未幸
B組3番
→51
宮野久美子みやの くみこ ミス・セブンティーン特別賞。解散後は故郷の名古屋でローカルタレントとして活動、「Kiss」というグループに在籍。現在も芸能活動中。
52鈴木和佳子すずき わかこ1987年4月17日 最後の合格メンバー。
B組4番冨永浩子とみなが ひろこ1986年8月10日(M)1987年3月20日(4) ミス・セブンティーン特別賞。
B組5番山崎真由美やまざき まゆみ1986年9月25日 解散後にソロデビュー。卒業後は、グラビアを中心に活躍。一時期、イエローキャブに所属。ヌードも披露。現在、主婦兼ハワイアンキルトの講師として、地元で暮らす。
研修生ヨリンダ・ヤンよりんだ やん1987年7月13日1987年7月31日 おニャン子研修生。唯一の外国人(香港人)。
凡例
  • 加入時期のカッコ内のアルファベットは、以下の理由により加入。その他は「ザ・スカウトアイドルを探せ」オーディションに合格して加入。
  • 卒業時期のカッコ内の番号は卒業式の回数。アルファベットは以下の理由により正式卒業せず脱退。
    • (A) : 週刊文春喫煙事件による脱退。
    • (B) : 学校を退学したため、番組規定(学校からの許可と学校との両立が活動の絶対条件)に反するとして脱退。
    • (C) : 学校の許可なしで合格したために脱退させられ、学校からも永久追放処分(自主退学が認められない退学処分)になった。
    • (D) : 自分の意志で辞めたのだが、当時はまだ「卒業式」がなかったため、脱退を公式に発表せずにある日突如番組から姿を消す脱退となった。

関連ユニット 編集

  • ニャンギラス(樹原、名越、立見、白石)- 夕ニャンのコーナーから生まれたユニット。
  • うしろゆびさされ組(高井、岩井)- 当初名前が『キウイ組』になる予定で、デビュー曲「うしろゆびさされ組」のシングルレコードジャケットも『キウイ組』の名前で作成れたが、急遽『うしろゆびさされ組』へとグループ名が変更された為、既に『キウイ組』の名で刷り上っていたジャケットは、破棄された。
  • うしろ髪ひかれ隊(工藤、生稲、斉藤)- おニャン子クラブ解散コンサート後も活動し、ヒットを連発。しかし、工藤のソロ充実により、ファーストコンサート後、自然消滅した。
  • おニャン子クラブB組(吉見、杉浦、宮野)- 当初5人でのデビューが告知されていたが、冨永と山崎が卒業。その後吉見、杉浦、宮野の3人によるデビューが再計画され、レコード店頭告知として「いつだってイレギュラー」(1987年6月15日発売予定)というタイトルも公表されていたが、おニャン子の解散により中止になった。

コンサート 編集

  1. ファーストコンサート "KICK OFF"
    • 曲順:1.セーラー服を脱がさないで 2.早すぎる世代 3.夏のクリスマス 4.放課後に落ち込んだ少女 5.愛の倫理社会 6.FENを聴かせて 7.シーッ!愛はお静かに… 8.テディベアの頃-少女の香り- 9.いじわるね Darlin' 10.LIKE A CHERRY BOY 11.うしろゆびさされ組 12.女学生の決意 13.なぜ?の嵐 14.涙の茉莉花LOVE 15.さよなら夏のリセ 16.恋のチャプター AtoZ 17.およしになってね TEACHER 18.真赤な自転車 19.セーラー服を脱がさないで
    • 日比谷野外音楽堂(1985年10月5日)
  2. 全国縦断コンサート "あぶな〜い課外授業"
    • 大阪公演で林、三田が卒業、東京公演で中島、河合が卒業。
    • チケットはファンクラブ会員の申込で完売した為、一般発売は無かった。
    • 曲順: 1.セーラー服を脱がさないで 2.会員番号の唄 3.LIKE A CHERRY BOY 4.早すぎる世代 5. 風のInvitation 6. シーサイド・セッション 7.うしろゆびさされ組 8.女学生の決意 9.バナナの涙 10.なぜ?の嵐 11.季節はずれの恋 12.私は里歌ちゃん 13.恋愛御見舞申し上げます 14.バレンタイン・キッス 15.恋はRing Ring Ring 16.冬のオペラグラス 17.恋のロープをほどかないで 18.星座占いで瞳を閉じて 19.じゃあね 20.涙の茉莉花LOVE 21.落葉のクレッシェンド 22.青いスタスィオン 23.恋のチャプター AtoZ 24.およしになってね TEACHER 25.真赤な自転車 26.夢の花束 27.じゃあね 28.セーラー服を脱がさないで
    • 北海道厚生年金会館(1986年3月16日)、広島サンプラザ(3月21日)、名古屋市国際展示場(3月23日)、仙台市体育館(3月25日)、大阪城ホール(3月28日、29日)、日本武道館(3月31日、4月1日)
    • ファイナル公演以外は、12.好きになってもくれない 17.ロマンスは偶然のしわざ が歌われた。
  3. 全国縦断コンサート "おニャン子PANIC"
    • 新田、福永、名越、吉沢、スーザンが卒業、ニャンギラスが解散
    • 2ヶ月以上に渡る長期間のツアーのため、初回公演と最終公演では曲目、曲順が大幅に異なる。
    • スタジアムコンサート・全国ツアー:
      • 曲順: 1.乙女心の自由型 2.新会員番号の唄 3.セーラー服を脱がさないで 4.おっとCHIKAN! 5.夏のクリスマス 6.瞳に約束 7.少しおませな恋 8.私は里歌ちゃん 9.自分でゆーのもなんですけれど 10.季節はずれの恋 11.17才の詩 12.おニャン子のあぶなーい捕物帖 13.あじさい橋 14.ウィンクで殺して 15.避暑地の森の天使たち 16.風のインビテーション 17.キスはマジック 18.プリントの夏 19.猫舌ごころも恋のうち 20.SE・KI・LA・LA 21.シンデレラたちへの伝言 22.象さんのすきゃんてぃ 23.夏を待てない 24.砂まじりのトラベリンバス 25.バレンタイン・キッス 26.青いスタスィオン 27.再会のラビリンス 28.恋のロープをほどかないで 29.テディベアの頃 30.不思議な手品のように 31.お先に失礼 32.夏休みは終わらない 33.瞳の扉 34. 冬のオペラグラス 35. じゃあね 36. およしになってねTEACHER 37. 真赤な自転車
      • ツアー途中で、11.鏡の中の私、20.渚の『・・・・・』、24.ノーブルレッドの瞬間に差し替えられた。
      • 河合その子は、横浜スタジアム阪急西宮球場公演のみ歌ゲストとして参加。
      • 球場コンサート後、海外出張を挟んで、全国ツアーがスタート。
      • 横浜スタジアム(1986年7月19日)、阪急西宮球場(7月21日、22日)、広島サンプラザ(8月15日)、愛知県体育館(8月16日)、静岡産業館(8月17日)、福岡国際センター(8月19日)、新潟県民会館(8月21日)、福井フェニックス・プラザ(8月24日)、長野県県民文化会館(8月26日)、仙台市体育館(8月28日)、札幌真駒内屋外競技場(8月30日)
    • 卒業コンサート:
      • 曲順: 1.乙女心の自由型 2.おっとCHIKAN! 3.新・会員番号の唄 4.お先に失礼 5.瞳に約束 6.雪の帰り道 7.おニャン子のあぶな〜い捕物帖 8.あじさい橋 9.ウインクで殺して 10.避暑地の森の天使たち 11.深呼吸して 12.シンデレラたちへの伝言 13.メロディ 14.季節はずれの恋 15.鏡の中の私 16.私は里歌ちゃん 17.自分でゆーのもなんですけれど 18.キスはマジック 19.風のInvitaion 20.ハートのIgnition 21.うしろゆびさされ組 22.象さんのすきゃんてぃ 23.渚の『・・・・・』 24.バレンタイン・キッス 25.夏を待てない 26.ノーブルレッドの瞬間 27.冬のオペラグラス 28.真夏の滑走路 29.不思議な手品のように 30.およしになってねTEACHER 31.夏休みは終わらない 32.真っ赤な自転車 33.瞳の扉 34.じゃあね 35.セーラー服を脱がさないで
      • 日本武道館(1986年9月26日)
  4. 卒業記念1987おニャン子クラブSPRINGコンサート "おニャン子Sailing・夢工場"
    • 樹原、国生、内海、立見、高井が卒業、うしろゆびが解散
    • 曲順: 1.本ベル〜オーバーチュア〜STAND UP 2.お先に失礼 3.新・新会員番号の唄 4.恋はくえすちょん 5.NO MORE 恋愛ごっこ 6.ホワイトラビットからのメッセージ 7.マリーナの夏 8.深呼吸して 9.蒼いメモリーズ 10.20歳 11.雨のメリーゴーランド 12.ハートに募金を 13.あじさい橋 14.流氷の手紙 15.星のバレリーナ 16.天使のボディーガード 17.時の河を越えて 18.約束 19.かげろう 20.シンデレラたちへの伝言 21.あんまりじゃない?〜恋なし子 22.私は里歌ちゃん 23.TOO ADULT 24.PINKのCHAO 25.瞳に約束 26.夏を待てない 27.星屑の狙撃手 28.バレンタイン・キッス 29.あの夏のバイク 30.うしろゆびさされ組 31.技あり 32.渚の『・・・・・』 33.かしこ 34.あなただけおやすみなさい 35.瞳の扉 36.じゃあね
    • 大阪城ホール(1987年3月28日、29日)、福岡国際センター(3月31日)、愛知県体育館(4月2日)、国立代々木第一体育館(4月4日、5日)
    • 大阪公演では、35.春一番が吹く頃にが歌われた。
  5. おニャン子クラブ解散記念 全国縦断ファイナルコンサート
    • 解散コンサート。全員が卒業
    • 2ヶ月近くに渡る長期間ツアーのため、全国ツアーと最終公演の曲目、曲順は大幅に異なる。
    • 地方公演には、卒業生が1〜4名ずつ歌ゲストとして参加した。解散コンサートには、卒業生全員(ただしソロ組+ニャンギラス+中島のみ)が参加
    • 全国ツアー:
      • 曲順 1.ONE NIGHT ONLY 2.かたつむりサンバ 3.メドレー(恋はくえすちょん-おっと CHIKAN!-避暑地の森の天使たち-お先に失礼-ハートに募金を-LIKE A CHERRY BOY-およしになってね TEACHER-NO MORE 恋愛ごっこ) 4.天使のボディーガード 5.-3℃ 6.未完成なジグソーパズル 7.シンデレラのシューズ 8.雨のあやとり 9.マリーナの夏 10.深呼吸して 11.夏休みだけのサイドシート 12.ゲストAの歌1曲目 13.ゲストAの歌2曲目 14.間に合うかもしれない 15.雨のメリーゴーランド 16.あじさい橋 17.寒い8月 18.ゲストBの歌1曲目 19.ゲストBの歌2曲目 20.風の物語 21.赤道探検隊 22.瞳に約束 23.TOO ADULT 24.アマリリス 25.時の河を越えて 26.禁断のテレパシー 27.あなたを知りたい 28.割ってしまった卵 29.真赤なミニスカート 30.ウェディングドレス 31.乙女心の自由型 32.STAGE DOOR 34.夏休みは終わらない 35.瞳の扉 36.セーラー服を脱がさないで
      • 札幌厚生年金会館(1987年8月1日、新田・吉沢)、広島郵便貯金会館(8月3日、新田・中島)、福岡サンパレス(8月4日、福永・中島)、名古屋公会堂(8月6日、福永・吉沢)、福井フェニックス(8月7日、高井)、名古屋公会堂(8月8日、河合)、郡山市民文化会館(8月9日、高井)、新潟県民会館(8月15日、国生・内海)、長野県民会館(8月16日、内海)、大阪フェスティバルホール(8月18日、福永・河合、19日、名越・樹原・河合、高井、20日、新田・国生)
      • 札幌厚生年金(1987年8月1日)のゲストAは吉沢、12.なぜ?の嵐と13.雨の花火、ゲストBは新田、18.冬のオペラグラス19.とサーカス・ロマンスを歌唱。
    • 解散コンサート:
      • 曲順 1.オープニング(Circle)〜ONE NIGHT ONLY 2.かたつむりサンバ 3.メドレー(恋はくえすちょん-おっと CHIKAN!-避暑地の森の天使たち-お先に失礼-ハートに募金を-LIKE A CHERRY BOY-およしになってね TEACHER-NO MORE 恋愛ごっこ) 4.天使のボディーガード 5.-3℃ 6.夏休みだけのサイドシート 7.深呼吸して 8.あじさい橋 9.金沢の雨 10.間に合うかもしれない 11.雨のメリーゴーランド 12.蒼いメモリーズ 13.シンデレラたちへの伝言 14.私は里歌ちゃん 15.風のInvitation 16.バレンタイン・キッス 17.なぜ?の嵐 18.うしろゆびさされ組 19.渚の『・・・・・』 20.冬のオペラグラス 21.星座占いで瞳を閉じて 22.涙の茉莉花LOVE 23.未完成なジグソーパズル 24.シンデレラのシューズ 25.雨のあやとり 26. 瞳に約束 27.アマリリス 28.禁断のテレパシー 29.あなたを知りたい 30.時の河を越えて 31.割ってしまった卵 32.真赤なミニスカート 33.ウェディングドレス 34.乙女心の自由型 35.夏休みは終わらない 36.瞳の扉 37.じゃあね 38.STAGE DOOR 39.会員番号の唄 40.真赤な自転車 41.セーラー服を脱がさないで
      • 国立代々木第一体育館(1987年9月19日、20日)

再結成 編集

2002年再結成時のメンバー(レコーディング参加メンバー)

同年の『FNS歌謡祭』に出演した際には上記のメンバーに加え(白石除く)以下のメンバーも参加し話題になった。

また、過去にも何度か番組の企画等でおニャン子クラブの何名かのメンバーが集まった事がある。

  • 1993年、『日本レコード大賞』参加メンバー - 新田、内海、立見、岩井、白石、斎藤
  • 1994年、『花王ファミリースペシャル ザ・同窓会』参加メンバー - 新田、樹原、名越、内海、富川、立見、城之内、岩井、三田、横田、山本、岡本、生稲、貝瀬、斉藤守屋高田吉田、山森、我妻
  • 1994年、『テレビのツボ 夜ふかしニャンニャンファイナル!』参加メンバー - 名越、富川、立見
  • 1996年、フジテレビの日『復活!夕やけニャンニャン』参加メンバー - 新田、中島(美)、樹原、国生、名越、内海、富川、立見、城之内、岩井、白石、吉沢、横田、渡辺(美)、山本、岡本、工藤、生稲、貝瀬、斎藤、山森、我妻
  • 1997年、『ザッツお台場エンターテイメント!』参加メンバー - 新田、中島(美)、富川、山本、工藤
  • 1997年、『ハンマープライス』における「学園祭で夕ニャンをする権利」参加メンバー - 新田、中島(美)、内海、富川、立見、横田、山本、布川、岡本、貝瀬、我妻
  • 2005年、『おニャン子クラブ in 月曜ドラマランドBOX2 発売イベント』参加メンバー - 新田、立見、城之内、内海、(他、福永がイベントのために手紙を書いている)
  • 2010年、『サントリー BOSS贅沢微糖TVCF おニャン子再結成!?』参加メンバー - 新田、国生、立見、城之内、白石、横田、渡辺(美)、布川、生稲、杉浦、宮野
  • 2010年、『ボクらの時代』参加メンバー - 新田、国生、城之内
  • 2010年、『超豪華!!スタア同窓会 ゲゲゲッ!の再会SP』参加メンバー - 新田、国生、立見、城之内、渡辺(美)、生稲
  • 2010年、『スパモク!! 最強の女子力決定戦!! アイドル年の差バトル』参加メンバー - 新田、国生、生稲
  • 2010年、『おニャン子クラブのオールナイトニッポンGOLD 』参加メンバー - 新田、国生、城之内、生稲

その他 編集

他局の歌番組との関係 編集

おニャン子クラブおよびそのメンバーは(解散前もしくは卒業前・脱退前においては)、フジテレビ専属とされ、他局の番組や主催イベントに出ることは原則としてなかった。

ザ・ベストテン』(TBS)には彼女らの楽曲(卒業組含む)が1986年7月31日から1987年4月2日の間には多数チャートインし、1985年8月29日の初登場から1986年7月中旬までは出演していたものの、その後減少した。司会者は、おニャン子クラブの欠席理由に関して、1986年10月2日までは、「定期試験中」「コンサート中・レコーディング中」等の理由を述べていたが、1986年10月9日以降は「各方面の調整がいまだ取れず今回は欠席」という欠席理由を述べていた(うしろ髪ひかれ隊に関しては、番組出演が決まり、専用のセットまで組まれていたが、直前になり出演が取り止めになり、苦肉の策として、リハーサルで歌ったスタッフに歌わせている)。1987年3月に、河合その子、4月9日にゆうゆ with おニャン子クラブが第10位にランクインを機に出演拒否を解除したが、おニャン子クラブとしての出演は解除後も一度もなく、ソロ出演かうしろ髪ひかれ隊のようなユニット出演のみしかなく、解除後にランクインされた曲では、「金輪際、出演する事はない」という理由で歌が披露される事はなかったなど、特に『ザ・ベストテン』との関係はおよそ良好とは言い難かった。

この件に関しては、当時のプロデューサーが出した本では「おニャン子クラブの歌にランキングは付けられない」と言う理由だと説明していたが、一方で日本テレビの『歌のトップテン』には出演していたり、夕ニャン内でオリコンのコーナーを作り、おニャン子関係でランキングされるとそれを祝うという活動も行っていた。またそれ以外にも、当時発売されたおニャン子関連の書籍「おニャン子白書」内テンプレート:要出典で、「ザ・ベストテンのランキングは、レコード売り上げ、有線放送リクエスト、ラジオ放送のリクエストチャート、番組に寄せられたハガキのリクエスト等の総合ポイントにて順位付けがなされていたが、放送される週によってそれらの比重が変化し(例:レコード売り上げがランキングに最重視される週もあれば、ハガキのリクエスト、もしくは有線・ラジオのリクエストが最重視される週がある等)、順位付が公正になされていなかった為、出演を遠慮していた」との記述もあるが、真偽の程は定かでない。なお、当時のランキングの基準はオリコンではなくザ・ベストテンであったが、ザ・ベストテンにおけるおニャン子関連での初の1位獲得は解散からちょうど1年後に工藤静香の「MUGO・ん…色っぽい」でようやく達成している。

話題性や楽曲のセールス実績だけ見れば、年末の『NHK紅白歌合戦』の出場者選考で俎上に挙げられても十分に然るべき存在であったが、1985年1986年のいずれも選出されなかった。なお、おニャン子クラブの行動の決定権を握っていた秋元康やフジテレビの関係者が紅白出場の意向を持っていたがNHK側の選考で落選したのか、あるいはあくまでフジテレビ専属として最初から出場の意向が無かったかは不明である。

また、テレビ放送によって支えられていた知名度であったことから、メイン番組となる「夕やけニャンニャン」が地元県域局テレビ長崎)で放送されていなかった長崎県においては、おニャン子の知名度はほとんど伸びなかった。

解散コンサート 編集

1987年9月20日(日曜日)、国立代々木競技場第一体育館ではおニャン子クラブ解散コンサートが行われ、全国から3万人近いファンが会場に集まった。また会場前の広場には チケットを手に入れられなかった数百人のファンが押し寄せ、その数は原宿駅に渡る歩道橋まで埋め尽くす程であった。そうしたファンは皆一丸となって会場から微かに聞こえてくる歌声を聞きながら声援を送っていた。

しかし、最終公演のアンコールに差し掛かった時に事件は起きた。「突っ込めー!!」の合図と共に親衛隊を中心とした数十人のファンが入り口のガラスを折りたたみ椅子で割るなどして乱入、これにつられて他のファン数百人も「俺達だって中に入る権利があるんだ!」と叫びながら警備員の制止を振り切って一気になだれ込んだ(この一件は翌日のニュースやスポーツ新聞で大きくとり上げられている)。 また会場内でも多くのファンが誰彼かまうことなく肩を組みながら歌を熱唱し始め、ステージとファンが一体となった。

これ以後、毎年9月20日にファン有志が代々木競技場近くの代々木公園に集まって集会(解散コンサートのビデオ上映会)が行われている。[2]

解散後 編集

テンプレート:独自研究 テンプレート:出典の明記 解散により「元メンバー」となった者たちの大多数は、フジテレビによるマネジメントと「庇護」からそのまま放り出される形で芸能界の激烈な生き残り競争に晒され、少なからぬ元メンバーが短期間の内に芸能界の華やかな場所から姿を消していった。

既にソロ・デビュー等で独自に芸能事務所と所属契約を結んでいたメンバーや、番組終了のタイミングで芸能事務所に声を掛けてもらい所属することができたメンバーは、各々の芸能活動を展開・継続出来た。しかし、最後までフジテレビ専属のまま芸能事務所から声が掛からなかったメンバーは、番組スタッフにより番組終了と同時に芸能界から引退して「一般人の生活」へと戻る様に説得された。

おニャン子クラブでは最大のセールスポイントであった「素人臭さ」は、番組終了・解散後はそれが裏目に出て大きな壁となって元メンバーの前に立ちはだかった。実際、ゆうゆ(岩井由紀子)が初の舞台出演をした際に、共演者からの「元おニャン子に出来るのか?という疑問もあったが、ステージという場慣れはしているので、覚えもアドリブも良かった」とコメントがスポーツ紙の芸能面に掲載された様に、芸能界内部にも「素人集団の元おニャン子に、まともな演技などできるはずがない」という偏見が少なからず存在したと言われている。歌手活動についても、1990年代前半にヒット曲を連発した工藤静香と、おニャン子メンバーの中では異端と言える演歌歌手に転じ息の長い活動を続けている城之内早苗以外に、最終的に音楽業界のメジャーシーンで生き残った人物はいなかった。芸能活動を継続した元メンバーの多くが最終的にはバラドル路線に活路を求めることとなった。

おニャン子クラブの終焉後も芸能事務所に籍を置いて活動を継続した者にしても、すでに多くが芸能活動から引退しており、同様に一時的に引退をした者も少なからず見られる。この様な芸能界からの引退の際も、ワイドショー番組内の芸能ニュース枠やスポーツ新聞の芸能面のトピックコーナーなどで結婚引退を報じてもらえた者はまだいい方で、その大半は芸能界の激しい生き残り競争の中でフェードアウトし、所属事務所との契約満了などを機に、結婚・転職などそれぞれの道を歩むことになった。

その様な状況に至り、芸能界でどうにか仕事を続けようとした者でも、仕事の確保が難しくなった者に出版業界が目をつけて、ヌードグラビアの勧誘を行うようになった。1988年、『PLAYBOY日本版』10月号で元おニャン子初のヌードを披露したのは奥田美香であった。他にも、内海和子(『From Pheonix』)、大貫かおり(『MISTRESS』など)、吉見美津子(『feminine』など)、山崎真由美(『Last Century』など)らがヌードになっている。他にもヌードやセミヌードとなった元メンバーも存在する。渡辺美奈代は、一時はスポーツ新聞などで実現間近と報じられたが、妊娠が判明したためヌード写真集の企画が取りやめになったとされる。

パチンコ 編集

2005年秋、サンセイアールアンドディからパチンコ台「CRおニャン子クラブ」がリリースされた。

ザ・ベストテンのランキング発表のような反転フラップ表示的な演出が特徴である。もっとも、視覚的には番組と同じなのはロゴとキャラクターの振り付けのみで、会員の実名は一切使われておらず、アニメ絵のキャラの顔も、特に会員に似せてはいない。登場キャラクターは全員学生服を着ているが、実際の番組では制服のまま出演することは許されなかった。

出典編集

  1. ただし初期メンバーだけを見ても、国生さゆり名越美香福永恵規河合その子内海和子立見里歌高井麻巳子は、既に高校を卒業しており、実際は女子高生だけのグループではなかった。
  2. 2010年10月5日放送日本テレビ放送網「超豪華!!スタア同窓会 ゲゲゲッ!の再会SP」より

関連項目・番組 編集

外部リンク 編集

テンプレート:おニャン子クラブ テンプレート:秋元康

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